GALLERY TANTO TEMPO | RubenとGallery TANTO TEMPO8周年
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RubenとGallery TANTO TEMPO8周年

RubenとGallery TANTO TEMPO8周年

5月7日、Gallery TANTO TEMPO8周年記念展覧会であるRuben Salgado Escudero “Solar Portraits”を開催し、8日にはオープニングとしてアーティストトークを開催しました。

Rubenとは2014年12月、Angkor Photo Festivalで会い、Max PamとEmmanuel Angelicasの四人でさんざん話し合ったのがきっかけです。何を話していたかというと、その年の国内アート写真界の話題でもあった男性器を見せた展覧会についてです。この話題は海を越えて豪州にも知られていて、話題に上がったのが不思議でしたが、意に反して彼らは総じて日本の国家権力の対応は真っ当で、それがルールである以上たった一人展示に不快な思いをする人があれば問題になることはどこの国も同じ、という意見でした。それ(アートと人々の双方)を防衛するのは箱なりそれに携わる人々の努力として当然払われるべき義務であり、その努力が不十分な場合にこのような事件が起こるのだ、という意見でした。彼らが話題にしているのが、その事件のわいせつをめぐる定義などではなく、システムのほころびだったのが僕にとっては面白かったわけで、彼らの論理的な説明は日本で立ち起こったChange.orgの署名活動のようなそれとはまるで異なった次元のロジックで説明されていくので、諸々同意しつつとても興味深かったのを憶えています。それで、翌年Maxが来日した際、六甲山国際写真祭の合宿でこのことを話題にしましたが、Maxを論破する強者はいませんでした。当たり前ですよね。そこではわいせつの定義に関して意見が多く、憲法や法律上の定義、社会システム、アートのシステムに関する発言は少なかったと思います。

話はそれましたが、Rubenの来日を前に、そんなことを思い出していました。

Rubenの作品を日本に紹介しようと考えたのは、彼の作品がある種の社会活動を含んでいるためです。最初は昨年の六甲山国際写真祭で、そして今回Gallery TANTO TEMPOでの個展と繋がっています。前にも書きましたが、写真は現在のところ、風景やポートレイトに限らず、何かパーソナルな、あるいは社会的な要素を含んで編み上げられているのが潮流です。それは悪く言えば写真が力を失いつつある中で何とか価値を見出そうとする苦肉の策のようにも見えるし、よく言えば写真が奏でることのできるメディアに響きをもたらす装置であるとも言えます。社会活動を含む写真は最近では珍しくなく、わかりやすく、写真ファンを増やすことに役立つし、誰もが興味を持つことができるものだと思います。

Solar Portraitsと題されたこの作品は、実はアートのセクションで評価されています。基本的にはセットアップされた演出写真ですし、コンセプチュアルアートなので当然ですが、一方で社会インフラの欠如にあえぐアジアアフリカの現状をうまく伝えていて、その点がとても高く評価されているのです。太陽光パネルによって蓄電した電源を用いたLEDライトを、電力のない地域へと届けるというプロジェクトは、そのプロセス自体は彼が作品を作る以前から存在したものです。しかし、彼のようなスポークスマンを得ることで、これらの国々の問題が国際社会に認知され、電力インフラの整備が加速される可能性がある、という文脈の上にこのプロジェクトが置かれていることをもっとも評価すべきなのです。

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トークショーでは会場からも質問や意見がたくさん寄せられ盛り上がりました。このようなプロジェクトによって、発展途上の国々に電力が届けられることが必ずしも幸福ではないのではないか。グローバリズムの一端を一部の住民に刷り込むことによって格差や略奪、紛争が起こるのではないか、セットアップのアートではなくジャーナリズムとして捉える方法はなかったのか、などなど。しかし、ここでも彼は一貫して論理的で、クリーンな水、電力というものは世界中の人間が等しく享受すべき資源であり、適切な機関が介在してコントロールしさえすれば問題とはならないはずだ。アートとしてインパクトを得るか、ジャーナリズムとしてインパクトを得るかについては、アートとして表現したほうが物語が伝えられやすいと感じた。と。

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Gallery TANTO TEMPOでは6月26日まで写真祭を開催しています。8周年を迎えられたことはひとえにこれまで応援してくださった皆さまのおかげです。今後も世界中から面白いプロジェクトを持ち帰ったり、六甲山国際写真祭やその他のレビューで出会ったアーティストの皆さんの写真展を開催してまいります。引き続きのご支援をよろしくお願いいたします。

 

 

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